(・・・タイトルがふざけ気味だったので修正しました・・m(__)m )
“自己嫌悪に陥るというのは・・”生きていると、自分の中で受け入れたくない現実はたくさんある
!うまくいかない、思い通りじゃない、時には消してしまいたいほど嫌な事実だって・・・。
その様な状況に直面した時、精神的に傷つくのはある程度仕方がないことだと思っている

何故なら、自分自身特別に強い人間だという意識はないから。
そもそものこと、本当に精神的に強い人間なんているものなのか。
誰しも心のどこかに傷つきやすい性質を持っており、器用な人間ほど上手く自己防衛している、という見方のがほうが自然に考えられるのではないか。
例えば、精神的に強いとされている人間は、自分が傷つかぬよう極真空手でいう「受け流し」を体得している。過去に洗礼を受け、そこから差し迫る突きや蹴り、羅刹門をうまく受け流すという防御策を確実に身に付けている。そしてスキあらば確定ツーハイ

みたいな

...って..。
また、その「受け流し」パターンwとは違い、意識的にも無意識的にも人に依存することのない精神状態でいることで、傷つくこと自体に無縁な人間も“有るか無し”“無きにしも非ず”である。
まぁしかしいずれにせよ、自分自身それらの範疇には属していない。
(てか何が言いたいハゲ

という煽りはとりあえず無しで..



)
現段階ではどんな策を施しても硝子ヤロー

なのが自分。
頭では分かっていても、心がついていかない。
もう救いようがありません

死んでもいいぐらい


・・・
とりあえず「傷つくのは仕方がない」「これが自分のキャラだから」と自己認識するように意識している。
そうすることで、ある種のためらいを断ち切る(妥協策.)ことは一応可能

で、問題なのは、落ち込んだ時にいつまでも立ち直れずに自己嫌悪に陥ってしまうことだ。
一度そうなると、アトミックブローを食らった後の様に胃に圧迫感とモヤモヤ感が付きまとい、遣る瀬ない状態が何日も続く

しかも無期限



まぁそれが一番の辛いところなのである

此のほど感じるところでは、自分自身、傷つきやすいという点で感受性が人よりも特別豊かということではなく、ただ単に自己形成が成されていないだけのこと、という気がしてならない。
自己形成が成されていない=心の成長が遅い?
つまり人としての進歩がない・・・?
それは、何故・・?
見栄っ張りだから(?)
・・
・・・
・・・・
で、結論。
なス...。
まずは現実を受け入れ、認めること(?)
それが人としての進歩に繋がる(?)
逃げたら長く引きずるし、心の成長も無い...
とか言ってた?
*このエントリは、
BlogPet(ブログペット)の「
もるどふ」が書きました。
すいません。
しかし、頭では分かってるけど心がつ(ryふじこ
てか、なげーし

更新が暫くなかった分、今回長くなってしまった。。
意味不明で掴み所のない文章でスミマセン


m(__)m